森が育む陸奥湾
濃厚な旨みの帆立貝
帆立貝を育む森へ
6月初旬、青森県の陸奥湾に帆立貝の産地へ取材に向った私たちがまず向かったのは、帆立貝を育む源でした。青森空港から車で2時間。温かくなったとはいえ、山道の路肩にはまだ雪が残り、ひんやりとした空気が窓越しに感じられる緑のトンネルをいくつも潜り抜け、たどり着いたのは十和田八幡平国立公園を代表する景勝地の一つ、奥入瀬渓流の森。
夏を前に一斉に芽吹いた新緑が、森を瑞々しく彩り、渓流と鳥の鳴き声が騒がしいほど響きわたるこの森は帆立貝の餌となる良質なプランクトンを育てるために不可欠なミネラルたっぷりな水の始まりの場所。生憎の小雨模様だったが、そのおかげで空気がより澄み渡っているようだった。
車を降り森に一歩足を進めると、積み重なった腐葉土が足に心地よい。
緑に生い茂った葉が傘の役目を果たし、さほど濡れることなく進むことができた。
雨で増した水が、勢いよく流れ、静かというよりは激しい流れを作っていた。
人影は少なく、まるでとても遠くに来てしまったような錯覚を覚えた。
この森で豊かな生命が生まれ、私たちはその恩恵を受けている。とう感じのに十分なスケールだ。ファインダー越しの世界も、写した写真も。そして記憶もすべてが緑に包まれる。
踏みしめた足元に積み重なった腐葉土は雨水を濾過することで多くのミネラルを蓄える。その水が海に流れ出ることで、プランクトンを育て、プランクトンを食べる生き物を育てて豊かな漁場を作る。本で得た知識は活字にすると、なんと薄っぺらいものか。
「森の健康が海の質に繋がるといわれる所以はここにある。」
森を育むことは、さまざまな命を育むこと。守ることで我々は守られている。
そんな正義感は、この圧倒的な緑の世界の中では無意味なほど、ちっぽけに感じた。
森は自らの力で生きている。そんな大きな力を感じた。
翌日、私たちは帆立貝の水揚げが行われる漁港へと移動した。
漁港では帆立を積んだ船が次から次へと港に戻ってくる。
一隻に約1.8トンの帆立貝が網いっぱいにのり、クレーンで持ち上げられ、トラックにガラガラと大きな音を立てながら積まれていく。
トラックに積まれた帆立貝は一路加工工場へ。
帆立貝は生きている状態が一番おいしい食材。銀の森の帆立はその日のうちに、旨みを閉じ込めるため青森県の地酒を使い「酒蒸し」にする。
銀の森の帆立をお願いしているパートナー工場では製造工程に「水との接触」を一切していない。一般的な加工では水や海水に浸して冷却するという工程があるが、これをすることで「旨み」の成分が流れ出てしまうからだ。
旨み流失を避けるために、工場では衛生管理を徹底し、酒蒸しの工程で味を調えることで、そのまま急速凍結することを実現している。
また、冷凍凍結する前にウロ(帆立貝の中腸腺)を取るだけではなく、ヒモの部分を丁寧に揃えてコンテナに並べることで、山椒煮に仕上げた時のヒモの欠損が少なく、見た目もきれいに仕上がる。手作業での、このひと手間が「おいしい」に繋がっているのだ。
銀の森の帆立貝山椒煮は、生育から水揚げ、加工まで一貫したこだわりによってその美味しさがつくられています。
「帆立貝の旬はいつか知っていますか?」
同行していただいた業者さんに尋ねられ、冬ですよね?と自信なさげに返答をすると、
にっこりと笑い「一般的にはね」と含みながら話をしてくれた。
「帆立貝の美味しさは、貝柱のねっとりとした甘みの強い旨みにあります。
この旨みはアミノ酸やグリコーゲンで、この成分が増え貝柱が肉厚になるのは実は6月。
帆立が一番おいしいのは6月の今なのですよ」と。
6月が旬とは知らなかった。
銀の森のお節に使われる帆立は、この時期に水揚げされた帆立貝を使用する。
1年籠の中で育てられた半成貝は、一度水揚げされ「耳づり」で半年海に戻す。
耳づりとは、貝の殻に小さな穴をあけて紐で綴り海の中で育てる養殖方法。
こうすることで、海の豊富なプランクトンをたくさん食べることが出来、身がしっかりした帆立貝に育ち、加工調理した際に身の縮みが少なく、ふっくらと仕上がるのだ。
銀の森のお節に入る帆立貝山椒煮
美味しい時期に水揚げされたこだわりの帆立貝を使い、また水を使わない酒蒸しという製法、そしてウロをとるひと手間。こうした一貫した拘りと丁寧な仕事でお節に入る食材がまた一つ作られている。
この美味しさがお正月にきちんとみなさんにお届けできるよう。
今日も工場は湯気をあげている。